あめでもはれます

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ライターわたやみきの日記です

【34歳の意識改革】大切に扱われたら大切にしたくなった

大切にされるのは心地良い

大切にされるハリネズミ

大切にしてね

 昨日、お仕事で脱毛に行きました。施術はとてもスムーズで、時間にして30分もかかっていないと思うんだけど、担当して下さったスタッフの方がとても丁寧で気持ち良かった。

スタッフさんは髪や肌、体型、指先まで、自分を大切にしてケアしているのが伝わってくるキレイな人だ。物腰から声のかけ方、声のトーン、肌への触れ方など、すべてがきちんとプロで、そこにいる私をお客様として大切に扱ってくれた。

仕事とはいえ素敵な女性が、まるで高価な宝石に触れるみたいに私の身体を扱ってくれる。施術はめちゃくちゃ心地良くてうっとり。

はぁ~大切にされるって気持ちいいー!

私は、大切に扱われる時間がもっと必要だ。
自分でも自分をもっと大切に扱ってあげなければ。思えば自分を大切に、なんてしばらく全然考えてなかったわ。

脱毛に来る女性の中には大切にされる時間を求めてくる人もいるんじゃないかしら。

 

女性がキレイでいるのは義務?

キレイな鏡と花

鏡好き?

女性は生まれついて「キレイになりたい」という気持ちを持っているように言われているけれど、あるとき、「キレイになりたい」が「キレイでいなくちゃ」に変わってしまうと、全然楽しくない

 

私は子どものころから太っていて、小学校から肥満の子だけがもらうプリントをよくもらっていた。そのころからずっと体型にコンプレックスを持っている。大人になってから痩せていた時期もあったが、根本的な気持ちはいつも変わらなかった。

 

30代に入って、「もう30だし、キレイかキレイじゃないかのフィールドで戦わなくて良い気がする」と少し気持ちが楽になった。目標を達成できなかったとき、だらだらしてしまったとき、「もうおばさんなんだからいいじゃん」と諦めるのは、悩みをうやむやにしてくれる気がした。

 

30代半ばに差し掛かり、元気溢れる幼児の母親でもある今、再び「キレイ」から逃げたくなることが増えた。いつのまにか美容やダイエット=辛い。自分を苦しめるものとなり、最近では「頑張りたいけど頑張れなくなってしまった自分に失望する」ものに進化していた。

 

ほんとは、そんなことないはずだ。というか、それだけじゃないはずだ。

もうちょっと素敵な自分になりたいとか、着たい服が似合うようになりたいとか、最初はそんなワクワクする気持ちだったんだと思う。

 

でも、いつからか「キレイになりたいと思うこと」を義務のように感じていた。それは電車の中づり広告だったり、雑誌に出てくるキラキラママだったり、道行く美人を見てコンプレックスを覚えるたびに重くなっていった。

 

自分を大切に扱ってやれば、もっと楽しく「キレイ」と向き合えるかもしれない。

人と比べる必要なんてない(すごく難しいけど)と、自分に言ってやろう。

 考えてみればずいぶんひどいことを自分にしてきた気がする。人にはしていけないと思っていることでも、自分には平気でしてしまうのだ。

 

そんなことを考えながらサロンの帰り道を歩いていたら、10代後半と思われる可愛らしい女の子が、車道から歩道に入ろうとしてチェーンに足をひっかけ、見事にずっこけた。転んだときに足でも痛めたのか、なかなか立ち上がらない。

 
なんとなく声をかけに行ったら、私がたどりつくまでにおじさんが声をかけていた。
きっと私と同じようにただ心配しただけなんだけど、大声だし口調がきつくて、転んだときにそんな言い方をされたらかわいそうだと思った。

 

「大丈夫?痛かったでしょ」となるべく優しく聞こえるように声をかけた。
「転んじゃって。痛くて立ち上がれなかっただけなのに…」と恥ずかしそう。なんか、ごめんね。不要なおせっかいだったかもと思ったけど、声はかけて良かったんだと思う。 

大切に扱われたら、自分を大切にする気持ちが湧いてきた。
自分を大切にすると人にも優しくなれる気がする。

これってきっと、プラスのスパイラルってやつだ。

 

どうやって大切にするかはこれから考えていくとして、少しずつ生活を変えてみようと思った。とりあえず、健康的な方面で。

 

◇この記事を読んでくれた人は、こっちもぜひ↓

watayamiki.hatenablog.com

 

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